本章は、Marvin Farber, The Foundation of Phenomenology: Edmund Husserl and the Quest for a Rigorous Science of Philosophy (Harvard University Press, 1943)の一部で、フッサールの『論理学研究』の第5研究「志向的体験とその『内容』」(立松・松井訳『論理学研究 3』みすず書房版:159-310頁、J.N.Finley 訳, Logical Investigations, Volume 2, Routledge, 1970: pp. 77-175,)を詳細に紹介する部分です。
フッサールは、この研究で、主に、知覚と判断の本質的構成を検討しています。本質的というのは、知覚と判断等を必然的に構成する諸要素と、その必然的結合への関心を意味します(Ibid, Chapter X "The Analysis of Wholes and Parts", Chapter XI "Pure Grammar and Analysis of Meaning" 参照)。その検討の主要な焦点は、表象(presentation)という行為・作用の解明にあります。フッサールはこの検討の過程で、いくつかの独特の概念を定義・発見—「性質 (quality)と素材 (matter)」、「単なる表象 ("mere presentation")」、「存在断定的対象化行為・作用 (positing, objectivating act )」、「対象化行為・作用(objectivating act)」、「名称(names)と命題(propositons)」等々—していきます。いくつかはペアとして認識されています。そのまとめは、「表象」の多義性の分類列挙として、E節(論理学研究の第5研究第6章第44節に相当する部分)にあります。なお「性質と素材(質料)」は、後のノエシスとノエマという概念に対応します。
フッサールが用いる範例は、ものの色、個人(固有名詞)等を見知ること、人形や絵を見ること、メロディーを聞くこと、言葉を聞くこと、等々です。これらの例を通じて、本研究は、人が世界に関わるということはどんなことなのかの一側面を探求したのだと言えます。
本章は、12月12日の EMCA Seminar (10:40am-12:10pm)の教材です。
なお、12月19日のEMCA Seminar は、出張のため休講になります。
フッサールは、この研究で、主に、知覚と判断の本質的構成を検討しています。本質的というのは、知覚と判断等を必然的に構成する諸要素と、その必然的結合への関心を意味します(Ibid, Chapter X "The Analysis of Wholes and Parts", Chapter XI "Pure Grammar and Analysis of Meaning" 参照)。その検討の主要な焦点は、表象(presentation)という行為・作用の解明にあります。フッサールはこの検討の過程で、いくつかの独特の概念を定義・発見—「性質 (quality)と素材 (matter)」、「単なる表象 ("mere presentation")」、「存在断定的対象化行為・作用 (positing, objectivating act )」、「対象化行為・作用(objectivating act)」、「名称(names)と命題(propositons)」等々—していきます。いくつかはペアとして認識されています。そのまとめは、「表象」の多義性の分類列挙として、E節(論理学研究の第5研究第6章第44節に相当する部分)にあります。なお「性質と素材(質料)」は、後のノエシスとノエマという概念に対応します。
フッサールが用いる範例は、ものの色、個人(固有名詞)等を見知ること、人形や絵を見ること、メロディーを聞くこと、言葉を聞くこと、等々です。これらの例を通じて、本研究は、人が世界に関わるということはどんなことなのかの一側面を探求したのだと言えます。
本章は、12月12日の EMCA Seminar (10:40am-12:10pm)の教材です。
なお、12月19日のEMCA Seminar は、出張のため休講になります。